今日、森岡会長から我慢徒辛抱と言う、良い話を聞かせて頂きました。
そこで、私なりに、パソコンで調べると、(いいかな〜)と思うのがあったので載せます。
以下の文章につきまして、関西とその他の地域におきまして、我慢と辛抱のとらえ方が異なると思います。
それを踏まえてお読みください。
小さい時に、よく母に言われた。
『我慢しなさい!』と。
それは『辛抱しなさい!』とは少し違うらしい。
『辛抱』は『あきらめろ!』という意味だそうだ。
その物がほしい!
それになりたい!
そうしたい!という欲求の個体に向けて、
それを完全にあきらめてしまい、
欲求自体を消し去る。
それが『辛抱』だと。
しかし、『我慢』はちょっと違うみたい。
我慢」は、ある目的を達成するために
その過程における雑念である個体欲求を棄てて、
さらなるもっと高い部分の
『目標である欲求』を目指す事であると解釈している。
『辛抱』は辛い。
これはとてもしんどい事。
しかし、
『我慢』はできる。
俗世間の言葉で
人生は山有り谷有りといわれる。
本当にその通り。
良い時もあれば悪い時もある。
上り坂の時には
上り坂の意識を持って昇っていく。
下り坂の時には下り坂の意識をもって転がり落ちないように下っていく。
しかし、『ま坂』(まさか!)という坂の時は
どんな対応をしていいのかわからないのが
普通の人間。
まさかを対応できる人間でいるためには
やはり普段からの物事に対する考え方を
整備しておかなければいけないのかもしれない。
人生の目的を達成するためには、
まさかを乗り越えられる人生経験と、
我慢。
大事なものがどんどん無くなっていったり、
大事な人間関係がどんどん崩壊していっても
自分の目標を高く掲げ
前に向かないといけない。
悲しいがそれが
生きて行く道。
そこには辛抱ではなくて我慢がある。
あきらめてはいけない。